受話機がはずしてあった。
「いないといってくれればいいのに。」
庸三は庸太郎に言った。
「だって……。」
庸太郎のそういう態度は、彼の気弱さだとも思えたが、強さだとも思えた。しかしそれはずっと後のことで、その時の彼の心理は鈍い庸三に解《わか》るはずもなかった。
受話機を取ってみると、電話は少し遠かったが、熱っぽい葉子の声はだんだんはっきりして来た。かんかんに怒ってでもいて、怨《うら》みを言うかと思っていると、反対に哀願的な態度に出た。庸三はもう遅いとか、明朝にしようとか二三押問答もして、もし新聞記事のことだったら、あれは自分も少し当惑しているところだと、弁解しようとしたが、葉子は興奮をおさえた泣くような声で、
「いいえ、そのことではなしに、どうしても今夜中にお逢《あ》いしなければならないことがあるんですの。今すぐ来て下さるわね。きっとよ。この間の処《ところ》よ。お待ちしてますわ。」
受話機を卸して、庸三は溜息《ためいき》を吐《つ》いたが、自身にも収拾のつかない感じだった。
「どうしたんです。」
「来てくれと言うんだ。」
「行ったらいいでしょう。」
庸太郎が促すように言った。
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