疲れがちな庸三は、ぎごちないその態度で、どんなに客を気窮《きづま》らせたか知れなかった。三須の場合も、お愛相《あいそ》をするのは加世子であった。藤子は入口の襖《ふすま》に、いつも吸いついたように坐っていた。このごろ庸三は彼女に少し寛《くつろ》ぎを見せるようになったが、夭折《ようせつ》した彼女の良人三須春洋の幻が、いつも庸三の目にちらついた。その上彼女は同じ肺病同志が結婚したので、痰《たん》が胸にごろごろしていた。片身《かたみ》の子供もすでに大きくなっていた。彼女は加世子の生きていたころも今も、同じ距離を庸三との間に置いていた。
 それともう一人まるきり未知の女性ではあったが、モデルとしてあまりにも多様の恋愛事件と生活の変化を持っているところから、裏の弁護士に紹介されて、そのころまだ床の前にあった加世子の位牌《いはい》に線香をあげに来て、三人で彼女の芝の家までドライブして、晩飯を御馳走《ごちそう》になって以来、何か心のどこかに引《ひ》っ繋《かか》りをもつようになった狭山小夜子《さやまさよこ》も、そのままに見失いたくはなかった。彼女は七年間|同棲《どうせい》していた独逸《ドイツ》のある貴族
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