気分もおよそ解《わか》るような気がした。今まで庸三は、あの風采《ふうさい》の立派な博士の傍《そば》で、わざと原稿など書いて見せて、あるいは得意そうに読んでみせたりして、無邪気に女流作家の矜《ほこ》りを誇示しようとしている、葉子の顔や様子を、その一つの部屋のなかに幻想していたのだったが、それもあえなく形を消してしまった。
「こういう時は、こうでもしないとこの先生の気持はおさまらない。」
 小夜子がそう言っているように思えた。
 やがて二人は憑《つ》いていた狐《きつね》が落ちたような気持で、帰路に就《つ》いた。
「莫迦《ばか》らしい、十二円損してしまいましたね。」
 川ぞいの家の門の前で自動車をおりる時、小夜子はそう言って笑った。
 するとその夜おそく、庸三がK――青年と子供をつれて、春らしく媚《なま》めいた空の星を眺めながら、埃《ほこり》のしずまった通りを歩いたついでに、ふと例の旅館の重い戸を開けて、白い幕の陰にいた女中にきいてみると、梢さんがいるというのであった。
「もうお寝《やす》みになっていますけれど……。」
 それを聞きすてて、三人でどかどか上がって行った。
 果して葉子は寝床に
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