流して熱心に彼女を阻止しようとした。葉子も黙ってはいなかった。優しい言葉で宥《なだ》め慰めると同時に、妻のある一色への不満を訴えた。しゃべりだすと油紙に火がついたように、べらべらと止め度もなく田舎訛《いなかなまり》の能弁が薄い唇《くちびる》を衝《つ》いて迸《ほとば》しるのだった。終《しま》いに彼女は哀願した。
「ねえ、わかってくれるでしょう。私|貴方《あなた》を愛しているのよ。私いつでも貴方のものなのよ。でも田舎の人の口というものは、それは煩《うるさ》いものなのよ。私のことはいいにつけ悪いにつけすぐ問題になるのよ。母や兄をよくするためにも、山路さんと結婚しておく必要があるのよ。ほんとに私を愛してくれているのなら、そのくらいのこと許してよ。」
 一色は顔負けしてしまった。
 ちょうどそのころ、久しぶりで庸三の書斎へ彼女が現れた。彼女は小ざっぱりした銘仙《めいせん》の袷《あわせ》を着て、髪も無造作な引詰めの洋髪であった。
「先生、私、山路と結婚しようと思いますのよ。いけません?」
 葉子はいつにない引き締まった表情で、彼の顔色を窺《うかが》った。
「山路君とね。」
 庸三は少し難色を浮かべ
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