庸三が来たことも気づかないように、一心不乱に拝んでいた。
庸三は言わるるままに廊下をわたって、風呂場《ふろば》の方へ行った。天井の高い風呂場は、化粧道具の備えつけられた脱衣場から二三段降りるようになっていた。そして庸三が一風呂つかって、顔を剃《あた》っていると、そこへ小夜子も入って来た。男を扱いつけている彼女にとって、それは一緒にタキシイに乗るのと何の異《かわ》りもなかった。
やがて小夜子は焚《た》き口の方に立って、髪をすいた。なだらかな撫《な》で肩《がた》、均齊《きんせい》の取れた手や足、その片膝《かたひざ》を立てかけて、髪を束ねている図が、春信《はるのぶ》の描く美人の型そのままだと思われた。しかしそんな場合でも、庸三は葉子の美しい幻を忘れていなかった。これも一つの美人の典型であろうが、自然さは葉子の方にあった。
「先生何か召《め》し食《あが》ります? トストでも。」
「そうね。」
「私御飯いただいたんですよ。これからお山へお詣《まい》りに行くんですけれど、一緒に来て下さいません?」
「お山って。」
「待乳山《まつちやま》ですの。」
「変なところへお詣りするんだね。何かいいことが
前へ
次へ
全436ページ中106ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
徳田 秋声 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング