に、ついタキシイを駆ったものだったが、客が二組もあって、小夜子も少し酒気を帯びていた。庸三は別に女を呼ぶわけではなかった。ずっと後に、友達と一緒に飯を食いに行く時に限って、芸者を呼ぶこともあったが、彼自身芸者遊びをするほど、気持にも懐《ふとこ》ろにも余裕があるわけではなかった。
「御飯を食べにいらして下さるだけで沢山ですわ。芸者を呼んでいただいても、私の方はいくらにもなりませんのよ。」
 小夜子の目的はほかにあった。追々に彼の仲間に来てもらいたいと思っていた。それに彼女は開業早々の商売の様子を見いかたがた田舎《いなか》から出て来ている姉を紹介したりして、何かと彼の力を仮《か》りるつもりらしかった。昨夜も彼女は彼の寝間へ入って来て、夜深《よふけ》の窓の下にびちゃびちゃ這《は》いよる水の音を聞きながら、夜明け近くまで話していたが、それは文字通りの話だけで何の意味があるわけでもなかった。すれすれに横たわっていても指一つ触れるのではなかった。電気|行燈《あんどん》の仄《ほの》かな光りのなかで、二人は仰むきに臥《ね》ていた。真砂座《まさござ》時代に盛っていて看板のよかったこの家《うち》を買い取る
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