道化姿を想《おも》い出させられて、苦笑せずにはいられなかったくらい、扮飾《ふんしょく》され歪曲《わいきょく》された――あるいはそれが自身の真実の姿だかも知れない、どっちがどっちだかわからない自身を照れくさく思うのであった。自身が実際首を突っ込んで見て来た自分と、その事件について語ろうとするのは、何もそれが楽しい思い出になるからでもなければ、現在の彼の生活環境に差し響きをもっているわけでもないようだから、そっと抽出《ひきだ》しの隅《すみ》っこの方に押しこめておくことが望ましいのであるが、正直なところそれも何か惜しいような気もするのである。ずっと前に一度、ふと舞踏場で、庸三は彼女と逢《あ》って、一回だけトロットを踊ってみた時、「怡《たの》しくない?」と彼女は言うのであったが、何の感じもおこらなかった庸三は、そういって彼を劬《いた》わっている彼女を羨《うらや》ましく思った。彼は癒《い》えきってしまった古創《ふるきず》の痕《あと》に触わられるような、心持ち痛痒《いたがゆ》いような感じで、すっかり巷《ちまた》の女になりきってしまって、悪くぶくぶくしている彼女の体を引っ張っているのが物憂《ものう》
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