きにくいのであった。それに庸三は、すべての現象をとかく無限への延長に委《ま》かせがちであった。
八月の末に、葉子は瑠美子を海岸から呼び迎えて、一緒に田舎《いなか》へ立って行った。母の手紙によって、瑠美子の妹も弟も、継母の手から取り戻せそうだということが解《わか》ったからであった。二人を上野駅に見送ってしまうと、庸三はその瞬間ちょっとほっとするのだったが、また旧《もと》の真空に復《かえ》ったような気持で、侘《わび》しさが襲いかかって来た。
「先生にもう一度来てもらいますわ。その代り私がお報《し》らせするまで待ってね。いい時期に手紙あげますわ。」
そうは言っても、葉子は夏中彼の傍《そば》に本当に落ち着いていたわけではなかった。何も仕出来《しでか》しはしなかったが、庸三に打ち明けることのできない、打ち明けてもどうにもならない悩みを悩み通していた。彼女は自身の文学の慾求に燃えていたが、生活も持たなければならなかった。瑠美子への矜《ほこ》りも大切であった。最初のころから見ると、著しい生活条件の変化もあった。
二日ほどすると、葉子の手紙がとどいた。彼も書いた。それから大抵三日置きくらいには書いた。どろどろした彼の苦悩が、それらの手紙に吐け口を求めたものだったが、投函《とうかん》した後ですぐ悔いるようなものもあった。葉子が還《かえ》るものとも還らないものとも判断しかねるので、それの真実の探求への心の乱れであり、魂の呻吟《しんぎん》でないものはなかった。しばしば近くの友達を訪れて、話しこむこともあった。
雨の降るある日、彼はある女を憶《おも》い出した。妻の位牌《いはい》に、あのころ線香をあげに来た、あの女性であった。その女から待合開業の通知を受け取ったのは、もう大分前のことであった。御馳走《ごちそう》になり放しだったし、さまざまの世界を見て来た彼女の話も聴《き》きたかった。酷《ひど》い雨だったけれど、雨国に育った彼にはそれもかえってよかった。
タキシイで、捜し当てるのに少し暇を取ったが、場所は思ったより感じがよかった。
「お神さん御飯食べに銀座へ行っていますけれど、じき帰って来ますわ。まあどうぞ。」
庸三は傘《かさ》をそこにおいて、上がった。そして狭い中庭に架《か》かった橋を渡って、ちんまりした部屋の一つへ納まった。薄濁った大川の水が、すぐ目の前にあった。対岸にある倉庫
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