っとした気持で「おい」と声かけると、彼女は振り返ったが、いくらか狼狽《ろうばい》気味で顔を紅《あか》くした。そして籐《とう》のステッキを上がり框《がまち》に立てかけて、ずかずか上がろうとする庸三に、そっと首をふって見せたが、立ち上がったかと思うと、階段の上を指さして、二階へ上がるようにと目で知らした。庸三はどんどん上がって行った。彼女もついて来た。
「ここ私たちの部屋ですの。」
そう言って葉子は取っ着きの明るい部屋へ案内した。感じのわるくない六畳で、白いカアテンのかかった硝子窓《ガラスまど》の棚《たな》のうえに、少女雑誌や翫具《おもちゃ》がこてこて置かれ、編みかけの緑色のスウェタアが紅い座蒲団《ざぶとん》のうえにあった。朝鮮ものらしい蓙《ござ》の敷物も敷いてあった。
葉子は彼を坐らせておいて、一旦下へおりて行ったが、少し経《た》ってから瑠美子を連れて上がって来た。
「おじさんにお辞儀なさい。」
瑠美子が手をついてお辞儀するので、庸三も頭を撫《な》で膝《ひざ》へ抱いてみた。
「どうしたんだい。誰かいるの、下の部屋に。」
「職人ですの。――あの部屋が落着きがいいもんですから、今壁紙を貼《は》ってもらっていましたのよ。」
「それでどうしたんだね。」
「近いうち一度お伺いしようと思っていましたの。私瑠美子を仏英和の幼稚園へ入れようと思うんですけれど、あすこからではこの人には少し無理でしょうと思って……。咲子ちゃんどうしています。」
「泣いて困った。それに病気して……。君は酷《ひど》いじゃないか。僕が悪いにしても、出たきり何の沙汰《さた》もしないなんて。」
庸三はハンケチで目を拭《ふ》いた。葉子は少し横向きに坐って、編みものの手を動かしていた。
「でも随分大変だとは思うの。」
「やっと初まったばかりじゃないか。今に子供たちも仲よしになるよ。どうせそれは喧嘩《けんか》もするよ。」
「瑠美子も咲子さんの噂《うわさ》していますの。」
「家《うち》の子供だって、あんなにみんなで瑠美子を可愛《かわい》がっていたじゃないか。」
「貧しいながらも、私ここを自分の落着き場所として、勉強したいと思ってましたの。そして時々作品をもって、先生のところへ伺うことにするつもりでいたんですけれど、いけません。」
「駄目、駄目。君の過去を清算するつもりで、僕は正面を切ったんだから。」
「ここの主人
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