没落の過程、最近死んだ父の愛娘《まなむすめ》であった彼女の花々しかった結婚式、かつての恋なかであり、その時の媒介者であった彼女の従兄《いとこ》の代議士と母と新郎の松川と一緒に、初めて落ち着いた松川の家庭が、思いのほか見すぼらしいもので、押入を開けると、そこには隣家の灯影《ほかげ》が差していたこと、行くとすぐ、そっくり東京のデパアトで誂《あつら》えた支度《したく》が、葉子も納得のうえで質屋へ搬《はこ》ばれてしまったこと、やっと一つ整理がついたと思うと、後からまた別口の負債が出て来たりして、二日がかりで町を騒がせたその結婚が、初めから不幸だったことなどが、来るたびに彼女の口から話された。美貌《びぼう》で才気もある葉子が、どうして小樽くんだりまで行って、そんな家庭に納まらなければならなかったか。もちろん彼女が郷里で評判のよかった帝大出の秀才松川の、町へ来た時の演説と風貌に魅惑を感じたということもあったであろうが、父が望んでいたような縁につけなかったのは、多分女学生時代の彼女のロオマンスが祟《たた》りを成していたものであろうことは、ずっと後になってから、迂闊《うかつ》の庸三にもやっと頷《うなず》けた。
「私たちを送って来た従兄は、一週間も小樽に遊んでいましたの。自棄《やけ》になって毎日芸者を呼んで酒浸しになっていましたの。」
彼女は涙をこぼした。
「このごろの私には、いっそ芸者にでもなった方がいいと思われてなりませんの。」
戦争景気の潮がやや退《ひ》き加減の、震災の痛手に悩んでいた復興途上の東京ではあったが、まだそのころはそんなに不安の空気が漂ってはいなかった。
多勢《おおぜい》の子供に取りまかれながら、じみな家庭生活に閉じ籠《こ》もっていた庸三は、自分の畑ではどうにもならないことも解《わか》っていたし、こうした派手々々しい、若い女性のたびたびの訪問に、二人きりの話の持ちきれないことや、襖《ふすま》一重の茶の間にいる妻の加世子《かよこ》にもきまりの悪いような気がするので、少し金まわりの好い文壇の花形を訪問してみてはどうかと、葉子に勧めたこともあった。葉子もそれを悦《よろこ》んだ。そしてだんだん渡りをつけて行ったが、それかと言って、何のこだわりもなく社交界を泳ぎまわるというほどでもなかった。
「……それにこれと思うような人は、みんな奥さん持ちですわ。」
そこで彼女は異
前へ
次へ
全218ページ中4ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
徳田 秋声 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング