大晦日の夜更《よふ》けの出来事が起こった。それが一層彼らの行動に拍車をかけたであろうが、庸三の贈った金の行き途《ど》についても、後にだんだん臆測癖《おくそくぐせ》の強い庸三の心にはっきりした形を与えて来た。

 ある日庸三は、ふと神田の下宿を訪ねてみた。横封に入れた金を、師匠に托《たく》してから、いくらかの日がたっていた。
 金を師匠に届けに行った時、清川もちょうど彼女の側にいたが、師匠は取っていいものが悪いものかと、少し躊躇していた。
「まあ、そんなに?」
「しかし私も後の気持が悪いから。」
「ではお預かりしておきますわ。あの人のことですから、一時にあげてもどうかと思いますがね。」
「それも貴女《あなた》にお任せします。」
「いや、それはやはり貴女の保管すべきものじゃないだろうね。」
 清川が言うと、師匠も軽く額《うなず》いた。
「そうね。」
 そんな簡短な会話が取り交され、ちょうど地震があったので、庸三と師匠が踊りの床へ上がって、窓の方へ出て見たが、間もなく暇《いとま》を告げた。
 そのころ庸三の家に、年少の詩人が一人いた。小池史朗というその詩人は、その肉体から言っても性癖から言っても、不思議な存在であった。葉子との郷里の※[#「※」は「夕」の下に「寅」、第4水準2−5−29、305−上−13]縁《いんえん》で庸三を頼って来たものだったが、詩の天才的才分は、庸三も認めないわけに行かなかった。朝から晩まで着たきりの黒サアジの背広に赭《あか》いネクタイ、それにベレイを冠《かぶ》った彼の風貌《ふうぼう》は、体の小さいせいもあったが、生白い皮膚も筋肉も気持のわるいほどふやふやしていて、大抵の人に男装の女子と看《み》られるのに無理はなかった。彼は牝豹《めひょう》の前の兎《うさぎ》のごとく、葉子を礼讃《らいさん》し、屈従していた。処女のような含羞《はにかみ》があるかと思うと、不良少年のような聡慧《そうけい》さをもっていたが、結局人間的には哀れむべき不具者としか思えなかった。彼は傷ついた鳩《はと》のごとく、ややもすると狭心症の発作に悩まされがちなので、常住ポケットにジキタリスの小壜《こびん》を用意することを忘れなかった。ある時彼は葉子について、そのころ銀座にあったメイ・ハルミヘ行ったが、ちょうどその階下《した》が理髪屋であったところから、葉子がウエイブをかけている間、彼も階下
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