》したような態度で、彼女は机の傍《そば》へ寄って来たが、手に半分開いたまま折り畳まれた小冊子をもっていた。
 庸三ははっとした。見てはならないものが出現したような感じだったが、彼女は涙に潤《うる》んだ目をして、本を机のうえにおくと、
「私このごろこんなものばかり読んでいるのよ。懺悔録《ざんげろく》ですのよ。トルストイも随分読んだのよ。そのお蔭《かげ》で、私もどうやら蘇生《そせい》しそうなの。過去の一切を清算して、新らしい生活を踏み出すつもりなの。先生今までのことは御免なさいね。私これから真面目《まじめ》な葉子になろうと思うの。真剣にやるつもりよ。」
 葉子は哀切な言葉でしきりに訴えた。
 ルッソオもトルストイも、彼はあまり読んでいなかった。読んで尊敬したものもあったが、読まず嫌《ぎら》いと言う方が当たっていた。しかしそれがたとい浮気な、その時々の感激であるにしても、葉子の感傷的な情熱を嗤《わら》う理由もなかった。それに彼はかつて彼女流に語られるアンナ・カレニナの筋を彼女の口から聴かされたこともあった。ただトルストイやゲイテとなると、峰が高く大きすぎて与《く》みしがたい感じだったが、今はそういうものも読んでみたいと思っていた。ちょうど彼の机の上にはバルザックとアランポオとが不思議な対照を成していた。
 庸三は、昔そんな物も本箱の中にあったことを憶《おも》い出しながら、懺悔録を二三章飛び読みしていたが、葉子はしきりに家庭の雰囲気《ふんいき》に気のおけるような気分で、落ちつきもなかった。
「先生、ほんとうにすみませんけれど、ちょっと外へ出て下さいません? いろいろお話ししたいこともあるのよ。」
「いや、しかし……。」
 庸三は言ったが、何か事ありげなので、心はすでに動きかけていた。
「ちょっとそこまでならいいでしょう。子供さんに秘密《ないしょ》で……。」
「それだったら。」
 庸三は後にその意味がだんだんわかって来たけれど、その時はただあわただしい彼女の気分に誘われて表へ出た。
 葉子はぐんぐん彼を引っ張らんばかりにして、電車通りへ急いだが、町の反対の側を流して行く空車を一つ見つけると、急いで手を振ってその方向へと駈《か》けて行くと、彼をさしまねいた。日が大分西に傾いた時刻で、路傍の銀杏《いちょう》も薄黄色気味に萎《な》えかけていた。葉子は庸三を押し込むように乗せて、自分
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