かのなかに紛れこんで、都会へ持って来られたように、自然の生息《いぶき》そのままの姿態でそれがひとしお都会では幽婉《ゆうえん》に見えるのだったが、それだけまた葉子は都会離れしているのだった。
 山路と二人でそうしている時に、表の方でにわかに自動車の爆音がひびいたと思うと、ややあって誰か上がって来る気勢《けはい》がして妹の声が廊下から彼女を呼んだ。――葉子はそっと部屋を出た。妹は真蒼《まっさお》になっていた。一色が来て、凄《すさ》まじい剣幕で、葉子のことを怒っているというのだった。
 葉子は困惑した。
「そうお。じゃあ私が行って話をつける。」
「うっかり行けないわ。姉さんが殺されるかも知れないことよ。」
 そんな破滅になっても、葉子は一色と別れきりになろうと思っていなかった。たとい山路の家庭へ入るにしても、一色のようなパトロン格の愛人を、見失ってはいけないのであった。
 葉子が妹と一緒に宿へ帰って来るのを見ると、部屋の入口で一色がいきなり飛びついて来た。――しばらく二人は離れなかった。やがて二人は差向いになった。一色は色がかわっていた。女から女へと移って行く山路の過去と現在を非難して、涙を流して熱心に彼女を阻止しようとした。葉子も黙ってはいなかった。優しい言葉で宥《なだ》め慰めると同時に、妻のある一色への不満を訴えた。しゃべりだすと油紙に火がついたように、べらべらと止め度もなく田舎訛《いなかなまり》の能弁が薄い唇《くちびる》を衝《つ》いて迸《ほとば》しるのだった。終《しま》いに彼女は哀願した。
「ねえ、わかってくれるでしょう。私|貴方《あなた》を愛しているのよ。私いつでも貴方のものなのよ。でも田舎の人の口というものは、それは煩《うるさ》いものなのよ。私のことはいいにつけ悪いにつけすぐ問題になるのよ。母や兄をよくするためにも、山路さんと結婚しておく必要があるのよ。ほんとに私を愛してくれているのなら、そのくらいのこと許してよ。」
 一色は顔負けしてしまった。
 ちょうどそのころ、久しぶりで庸三の書斎へ彼女が現れた。彼女は小ざっぱりした銘仙《めいせん》の袷《あわせ》を着て、髪も無造作な引詰めの洋髪であった。
「先生、私、山路と結婚しようと思いますのよ。いけません?」
 葉子はいつにない引き締まった表情で、彼の顔色を窺《うかが》った。
「山路君とね。」
 庸三は少し難色を浮かべ
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