ることもできなくて、今のやうな境涯《きやうがい》に陥《お》ちることになつたのであつたが、ちやうど其の時分の淡い追憶のやうなものが彼《か》の大学生によつて、ぼんやり喚覚《よびさ》まされるやうな果敢《はか》ない懐かしさを唆《そゝ》られた。
 彼は飲むといふほどには酒も飲まないし、どこか女に臆《おく》するやうな様子で、町に明りのつく時分|独《ひと》りで上つて来たが、忙《せは》しいときなどは、朝客を帰してから部屋へいれて、一緒に飯を食べることもあつた。晩春の頃で、独活《うど》と半ぺんの甘煮《うまに》なども、新造《しんぞ》は二人のために見つくろつて、酒を白銚《はくてう》から少しばかり銚子に移して、銅壺《どうこ》でお燗《かん》をしたりした。水桶《みづをけ》だのお鉢だの、こま/\した世帯道具が一切そこにあつた。女は立膝をしながら、割箸で飯を盛つてくれたり、海苔《のり》をやいてくれたりした。彼はこの世界の生活を不思議さうに眺めてゐた。女はとろりとした疲れた目をしてゐたが、やがて又窓を暗くして縮緬《ちりめん》の夜具のなかへ入つて行つた。
「一体君たちは、こんなことをしてゐて、終《しま》ひに何うなるんだね
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