三人とも浅草で飲んで来たとかいつて、いくらか酒の気を帯びてゐた。彼等は彼女の朋輩の一人の部屋へ入れられて、そこで新造《しんぞ》たちを相手に酒を飲んでゐたが、彼女自身はちよつと袿《うちかけ》を着て姿を見せただけで……勿論どんな客だかといふことは、長いあひだ場数を踏んで来た彼女にも、淡い不安な興味で、別にこてこて白粉《おしろい》を塗るやうなこともする必要がなかつたし、その時は少し病気をしたあとで、我儘《わがまゝ》の利く古くからの馴染客《なじみきやく》のほかはしばらく客も取らなかつたし、初会《しよくわい》の客に出るのはちよつと面倒くさいといふ気もしてゐたので、気心を呑込《のみこ》んでゐる新造にさう言はれて、気のおけないやうなお客なら出てもいゝと思つて、袖口の切れたやうな長襦袢《ながじゆばん》に古いお召の部屋着をきてゐたその上に袿《うちかけ》を無造作《むぞうさ》に引つかけて、その部屋へ顔を出して行つたのであつたが、鳩のやうな其の目はよくその男のうへに働いた。
「ちよい/\こんな処へ来るの。」
「いや、僕は初めてだ。」
「お前さんなんかの、余り度々来るところぢやありませんよ。」
 彼女はその男が部屋へ退《ひ》けてから、自分で勘定を払はせられて、素直に紙入から金を出してやるのを、新造に取次いだあとで、そんなことを言つて笑つてゐたが、男は女に触れるのをひどく極り悪さうにしてゐた。
「今度来るなら一人で来るといゝわ。あんな取捲《とりまき》なんかつれて来ちや可けませんよ。」彼女はまたそんな事を言つて、これも其の男に触れるのを遠慮するやうにしてゐた。
「それあ何《ど》うしたつて、こんな処にゐるものには、悪い病気がありますからね、不見転《みずてん》なんか買ふよりか安心は安心だけれど……。」彼女は幾分|脅《おど》かし気味で、そんな事を話したが、男が彼女のこゝへ陥《お》ちて来た径路などを聞かうとして、色々話しかけると、若い癖にそんなことは聞かなくともいゝと言つた風で、笑つてゐた。
 しかし何のこともなかつた。朝帰るときに、いつも初めての客にするやうに肩をたゝくやうなことも、わざとらしくて為《す》る気がしなかつたので、たゞ、「思出したら又おいでなさい」と、笑談《ぜうだん》らしく言つたきりであつた。
 それから其の男は正直に二三度独りでやつて来た。そして馴染《なじ》むにつれて、お互に身の上話など
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