よ。」
 雛子は言つてゐたが、蓮見も圭子も気になつた。
「大分前?」
「え、ちよつと……一時問くらゐ。」
 不良少年のゐる、仲通りの家具屋へ入り込んで、何か悪い智慧《ちゑ》をつけられたことがあつたので、そこへ雛子を見にやつたが、ゐなかつた。其処らを探してみたが、チビの姿は見えなかつた。
 それから兎に角交番へちよつと知らせておいたので、十二時近くになつてから、署から電話がかゝつて、父親が今咲子の来たことを告げに来たからといふ、下谷の其の署から此方の署への電話を伝へたといふのだつた。
 圭子と蓮見は、更けた街を自動車を飛ばした。
 咲子はブリキ屋の二階の、薄汚い部屋で、少し酔つてゐるらしい、しかし人の好ささうな父親に抱かれて寝てゐた。七輪や、鍋《なべ》や土瓶《どびん》のやうなものが、薄暗い部屋の一方にごちやごちや置いてあり、何か為体《えたい》の知れない悪臭で、鼻持ちがならなかつた。
「姉は至つておとなしい質《たち》ですが、こいつと来たら親の手ごちにも行かない奴でして……。」
 彼はそんなに貧乏や病気に苦しんでゐるらしくもなく、恵比寿《ゑびす》のやうににこ/\した顔で恐縮してゐた、酒気をさ
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