少し何とかいふ子がありさうなものだ。籍はちよつと見合したら何うかね。後で迷感のかゝるやうなことがあると困りやしないか。」
 蓮見も別に咲子が好きとか嫌ひとかいふのではなかつた。母の子で育てれば好い子になるかも知れないが、ならないかも知れない。好いとか悪いとかいふことも色々で、単純にはいへない。抱へのうちに顔や姿は綺麗だが、物事を単純に考へがちな圭子がじれつたがるほど不決断で、お座敷の取做《とりな》しなどについて、何か言つて聞かせても、いつも俛《うつむ》いて何時までも黙つてゐる子が一人あるのに、かね/″\業《ごふ》を煮やしてゐた矢先きなので、咲子のてきぱきしたのが、直ぐ気に入つてしまつた。この子だつたら余り何かに世話を焼かせるやうなことはあるまいと思つた。圭子は一直線に進むやうな質《たち》の女で、そのために後で悔いるやうなことが出来ても、それに拘《こだ》はつてゐるのが嫌ひだつた。金を使ひすぎたとか、着物を買ひ損《そこな》つたといふやうな事があつても、何時までもそれを気にするやうなことはなかつた。
「でも世のなかにそんな好い子供がざらにある訳のものぢやないでせう。それだつたら貴方探して来てちやうだいよ。」
 圭子が気色《けしき》ばんで言ふので、蓮見も、「ぢや、君の好いやうにするさ」と言つて口を緘《つぐ》んだのだつたが、彼とても別に定見のありやうもなかつた。
 皆でおでんを食べはじめた。咲子は誰よりも楽しさうに食べたが、そんなにがつ/\してゐるのでもなかつた。
「あんたとこのおでんと、孰《どつち》がおいしい?」蝶子がきくと、
「うゝん、お父ちやんずつと商売に出ないんだもの。だからね、家ぢや御飯のないこともあるの。馬鈴薯をふかして食べたり、糠《ぬか》にお醤油ついで掻きまはして食べたりした。それにお父ちやん、お酒|呑《の》まないと何も出来ないの。元気がなくなると、お酒を呑んぢやおでん売りに行き行きしたもんだけど。」
 咲子は「えへゝ」と虫歯を剥《む》き出して笑つた。
 圭子は十二三歳の時分、父が大怪我をしてから、貧乏の味はしみ/″\嘗《な》めさせられた方だし、蝶子《てふこ》も怠けものの洋服屋を父にもつて、幼い時分からかうして商売屋の冷飯《ひやめし》を食つて来たので、それを笑ふ気にもなれなかつた。
 咲子は長い舌を出して、ぺろ/\小皿のお汁まで舐《な》めて、きり/\した調子で皿
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