寄らないことだつた。次第に彼女は寂しくなつた。苛《いぢ》められたり揶揄《からか》はれたりしても、まだしも雛子や蝶子が懐かしかつた。お出先きへ貰ひに行くとか、着替へを運んで行つたり、あの商売の手伝ひでもして、わあ/\言つてゐる方が、何んなに面白いか知れなかつた。何《ど》うかすると出先きで、酔つぱらひのお客に揶揄《からか》はれたり、銀貨をもらつたりするのも、忘られない楽しみであつた。
「うむ、お前好い児だ。今に芸者に出たら買つてやるぞつて……帽子横つちように冠つて、へべれけに酔つてんのさ。」
咲子はさう言つて、はゝ笑つてゐるのだが、習慣的にさういふ気分が好きだつた。いや、習慣的といふよりか、子供によつては先天的に、さういふ血を亨《う》けてゐるのであつた。売淫が直《ぴつた》りはまるやうな女も、世間にはないことでもないのだし、水商売にのみ適した女もない訳ではなかつた。さういつた傾向の女を、厳格な堅気風に仕立てることは、寧《むし》ろ徒労だと言つても可かつた。
「何うだつたい、をぢさんの家は?」
蓮見がきくと、持前の愛嬌笑《あいけうわら》ひをして、
「広い家は夜になると寂《さび》しいんですよ。」
咲子は言つたが、をばさんの良人のアパートの番人のをぢさんに蹴《け》られたことを、今も不平さうに訴へるのであつた。
「蹴つたんぢやない。お前が長火鉢の前に頑張つてゐたから、退《ど》けと言つて膝で押しただけだといふぢやないか。」
蓮見は弁解した。
しかし咲子は、蓮見の家で暮らしたことによつて、何かまた少し考へるやうになつてゐた。いくらか温順《おとな》しくなつたやうに見えたが、それも日がたつに従つて、前よりも一層附けあがつて来た。何よりも圭子を失望させたのは、父親に言はれて来たらしい、虐《いぢ》められたら警察へ飛込むのだといふことだつた。それに彼女は、何もかも知つてゐた。父が受取つた金の高、仲人がそのうち幾許《いくら》はねたかといふやうな事まで。それに、父は積つてゐた部屋代も払はずに、ブリキ屋や、同宿の人の隙を覘《ねら》つて夜逃をした事――それはブリキ屋が彼の田舎《ゐなか》の落着先を圭子のところに聞きに来た時の話で解つたことだが、それを知つた咲子は怒つてゐた。
「私のお父ちやん矢張り悪い人だつたんだ。」
彼女は子心に父を色々に考へてゐるものらしかつた。兄と往来《ゆきき》をしないと
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