で半玉から一本に成りたての頃から、隙《ひま》さへあると外国物それも重にイタリイやアメリカものの上演される水天宮館へ入り侵つてゐたもので、メリイ・ピックフォードやウヰリアム・ヱス・ハート、特に好きなのはフランシス・ブッシュマンだつたが、それはずつと昔しのこととして、木山とお馴染《なじみ》になつてからも、写真の替り目替り目には何をおいても映画館へ入ることにしてゐたが、木山も何うかすると独りであの館から此の館へと、プログラムが三つもポケットから出るやうなこともあつて、その内の好いものを後《あと》で晴代にも見せるやうにしてゐたものだが、育つた世界が世界なので歌舞伎《かぶき》の座席に納まつて、懐かしいしやぎり[#「しやぎり」に傍点]や舞台裏の木の音に気を好くしてゐる時の方が生《い》き効《がひ》があるやうに思へた。
 まだ世帯の持ちたてだつたが、晴代も時々誘はれた。晴代は女に成りたての十八九の頃、年の若い一人の株屋を座敷の旦那に持たせられてゐたが、その男には既に女房があつて、晴代を世話するのもさう云ふ社会の一つの外見《みえ》で、衣裳《いしやう》や持物や小遣ひには不自由を感じないながらに、異性の愛情
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