気分や、木山が遊び半分親店へ通つてゐる間に、彼女自身は裁縫やお花などを習ふ傍《かたは》ら、今迄の玉帳とはちがつた小遣帳をつけたり、婦人雑誌やラヂオで教はつた惣菜《そうざい》料理を拵へたり、初めてもつて見た自分の家や世帯道具を磨き立てたりしてゐた一年半ばかりの楽しさも、小説か映画にでもありさうな夢でしかなかつた。それに其の間だつて、別の辛《つら》さで生活の苦しみを嘗《な》めて来た晴代は、決して木山と一緒になつてふら/\遊んでゐる訳ではなかつた。金さへあれば前後の考へもなくふら/\遊んで歩く癖のついた木山の生活振りも、少しづゝ見透かされて来て、商売の手口が気にかゝり、金の出道や何かが、時に気になることもあつた。たとへば親店又は荷主へ当然支払はなければならない、どんな大切な金でも、一旦木山の懐ろへ入つたとなると、月に三つくらゐは必ず見なければ気の済まない芝居を見るとか、地廻り格になつてゐる浅草|界隈《かいわい》の待合へ入侵《いりびた》つて花を引くとか、若いものの道楽といふ道楽は大抵手を染めてゐたので、いつか其の金にも手が着かないでは済まなかつた。

     二

 晴代は芳町《よしちやう》
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