かと云ふ気もして、ちやうど「女給募集」の立看板の出てゐるのを力に、いきなり月魄《つきしろ》へ飛びこんだ訳だつた。
カフヱ通ひは木山も何うにか承知した形だつたが、実は承知するも、しないもなかつた。呑気《のんき》ものの木山に寄りかかつてゐたのでは、永年の願望であり、漸《やうや》く思ひがけない廻り合せで、それも今になつて考へると、若い同士のふわふわした気分で、ちやうど彼女も二千円ばかりの借金を二年半ばかりで切つてしまつて、漸《やつ》と身軽な看板借りで、山の手から下町へ来て披露目《ひろめ》をした其の当日から、三日にあげず遊びに来た木山は、年も二つ上の垢ぬけのした引手茶屋の子息《むすこ》の材木商と云ふ条件も、山の手で馴染《なじ》んだ代議士とか司法官とか、何処其処の校長とか、又は近郊の地主、或ひは請負師と云つた種々雑多の比較的肩の張る年配の男と違つた、何か気のおけない友達気分だつたので、用事をつけては芝居や活動へ行つたり、デパートでぽつ/\世帯道具を買ひ集めて、孰《どつち》も色が浅黒いところから、長火鉢は紫檀《したん》、食卓も鏡台も箸箱《はしばこ》も黒塗りといつた風の、世帯をもつ前後の他愛のない
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