も思ふけれど……。」
「晴ちやんがさう思ふなら、別れきりでなしに、当分別れてみるのも、却《かへ》つて緑さんのためかも知れないよ。」
晴代は母の言葉に、淡い反感を感じたが、それを打消すことも出来なかつた。大体それに極められた。
「ちよつと帰つて見るわ。」
晴代はさう言つて、一応木山の心持を聴いてみようと思つて帰つて見たが、日暮れになつても木山は帰つて来なかつた。
遽《にはか》にトラックの響きがして、やがて前に止まつた。性急《せつかち》な父の声もした。晴代はぎよつとしたが、もう追つかなかつた。
「晴代、荷物|纏《まと》まつてるかい。」
労働服に鳥打帽を冠つた父が、づか/\茶の間へ上つて来た。
「あの人まだ帰つて来ないのよ。」
「可いぢやないか。お前の物を持ち出すのに、木山に断《ことわ》ることもなからう。」
父と運送屋とで、遽《には》かに荷造りが始まつた。ちやうど晴代が、半襟箱、三つ引き出し、三味線に稽古台のやうな、こま/\したものを纏めてゐるところへ、勝手口の方に人の影が差して、木山のヂャケツ姿が現はれたと思つたが、内を一と目見ると、其のまゝ引き返して行つた。
「緑さん!」
父
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