ると、知つた顔の半玉が二人傍へ寄つて来て声かけた。
「昨夜《ゆうべ》兄いさんが来たわよ。」
 一人が言ふのであつた。
「兄いさんて誰れよ。」
「あら厭だ、お宅の兄いさんよ。」
「何処《どこ》で。」
「若竹だわ。」
 おしやまの子供は、呼ばれた四五人の姐《ねえ》さん達の名までしやべつた。
 晴代は落胆《がつかり》してしまつたが、遊ぶ金だけは能《よ》く拵《こしら》へるものだと感心した。
 兎に角若竹の勘定をすましてから、ブラジルコオヒの喫茶店へ入つて、ボックスの隅でレモネイドを呑みながら、暫らく考へこんでゐた。二十五の秋から今日まで、純情を瀝《そゝ》いで来た足掛四年の月日を何う取り返しやうもなかつた。
 晴代は今まであの世界にゐて、様々の人の身の行く末を見もし聴きもして来た。ハルビンあたりから骨になつて帰つて来るものもあれば、色も香も褪《あ》せはてて、人の台所を這《は》つてゐるものもあつた。何処へ何う埋もれて行つたか、影も形も見えなくなつた女も少くなかつた。
 帰りに晴代は実家《さと》へ寄つて、母に打ちあけて見た。
「あの男、何だか見込がないやうな気がするの。寧《いつ》そ別れてしまはうかと
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