りになつてゐた。晴代は其の晩から肺炎になつてしまつた。
しかし十九の時、死《しに》つぱぐれに逢《あ》つた、あの時のやうな重患でもなかつたので、風邪《かぜ》をひくと惹《ひ》き起し易《やす》い肺炎ではあつたが、一週間ばかり寝てゐると、悉皆《すつかり》好くなつてしまつた。気紛れなあの雪の日も思ひ出せないやうな麗《うらゝ》かな日、晴代はもう床を離れてゐたので、蔽《かぶ》さつた髪をあげ、風呂へも行つた。そして午後になつてから、今朝出て行くとき、木山が預けて行つた金を若竹へ環《かへ》しに行かうと思つて、静枝が病気見舞ひにわざ/\持つて来てくれた、ふじや[#「ふじや」に傍点]の菓子を抱へて、暫くぶりで外へ出て見た。若竹には晴代夫婦に善く懐《なつ》いてゐる子供があつた。
金は五十円たらずで、一時友達に立て替へるために若竹のお神に時借りしたものが還つて来たといふのであつた。
「今日でなくても可いんだよ。」
木山は言つてゐたが、使ひ込まれないうちに、返すものは返したいと思つた。
雷門で電車をおりて、仲見世《なかみせ》の銀花堂で、下町好みの静枝に見舞ひのお返しになるやうなものを見繕《みつくろ》つてゐ
前へ
次へ
全35ページ中31ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
徳田 秋声 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング