うでん》にする積りで、自分の働いた金のうちから、一円二円と除《の》けておいた。それを箱根細工の小函《こばこ》に入れて、木山に気づかれないやうに神棚に上げて置いたものだつたが、もう好い頃だと思つたので、
「三十円になつたら言はうと思つたの。もう其の位になつてゐる筈よ。開けて見ませうか。」
 しかし木山は無表情だつた。晴代は変だと思つて、起ちあがつて函を卸して見たが、中は空虚《からつぽ》になつてゐた。
「いいぢやないか。そのうち利子をつけて入れとくよ。」
 晴代は失望したが、木山も悄《しよ》げてゐた。

     五

 或る日も晴代は静枝に頼まれて、新川筋の番頭らしい二人の客の同伴で、演舞場のレヴィユを見に行つたが、帰りは大雪になつた。いつからか静枝は附けまはされてゐて、レヴィユは見たいが、一人では心配だつた。静枝は大詰の幕がおりない前に、後を晴代に委《まか》せて、体《てい》よく逃げたが、残された晴代は二人を捲《ま》くのに甚《ひど》く骨が折れた。漸《やつ》と電車通りまで逃げ延びたところで、足元を見て吹つかけるタキシイを拾つたが、傘もぐしや/\になり、紫紺の駱駝《らくだ》のコオトもぐつしよ
前へ 次へ
全35ページ中30ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
徳田 秋声 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング