アのくれるウヰスキイを呑むと、直きに納まるのだつたが、その日は昼飯の時に食べた海老魚《えび》のフライにでも中《あ》てられたのか、ウヰスキイの効き目も薄かつた。コックの松山は、ちよつと見るとフランチョット・トーン張りの上品ぶつた顔をしてゐたが、肌触《はだざは》りに荒い感じがあつて、何うかすると酷《ひど》い恐い目をするのだつたが、晴代に失恋の悩みを聴いてもらつたところから、親しみが生じて、料理を特別に一皿作つてくれることも屡々《しば/\》あつた。昼飯の時間になると、ボオイが晴代のところへやつて来て、
「晴代さん、あんた皆なが食べてしまつた頃、一番後に来て下さいつて。」
年上だけに晴代もバアテンやコックには切れ離れよく気をつけてやつてゐた。
松山はもう三十四五の、女房も子もある男だつたが、さう云ふことが女に知れてから、逃げを打つやうになつた。晴代の来たてには、その女もまだ「月魄《つきしろ》」に出てゐて、何うかすると物蔭で立話をしてゐたり、二人揃つて出勤することもあつたが、何時の間にか女は姿を消してしまつた。
「僕は彼奴《あいつ》の変心を詰《なじ》つてやらうと思つて、ナイフを忍ばせてアパア
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