、感じがよくなかつた。
 誰よりも年が上であり、客を通して見た世界の視野も比較的広く、教養といふ程のことはなくても、辛《つら》い体験で男を見る目も一と通り出来てゐるうへに、気分に濁りがないので、直きに朋輩から立てられるやうになつた。髪の形、頬紅やアイシャドウの使ひ方なども教はつて、何《ど》うにか女給タイプにはなつて来たのだつたが、どこか此処の雰囲気《ふんゐき》に折り合ひかねるところもあつた。結婚の破滅から東京へ出て来て、慰藉料《ゐしやれう》の請求訴訟の入費で頭脳《あたま》を悩ましてゐる師範出のインテレ、都会に氾濫《はんらん》してゐるモダンな空気のなかに、何か憧《あこが》れの世界を捜さうとして、結婚を嫌つて東京へ出ては来たが、ひどい結核で、毎夜|棄鉢《すてばち》な酒ばかり呷《あふ》つてゐる十八の娘、ヱロの交渉となると、何時もオ・ケで進んで一手に引受けることにしてゐる北海道産れの女、等々。
 晴代はよく一緒の車で帰ることにしてゐる、北山静枝といふ美しい女に頼まれて、客にさそはれて銀座裏のおでん屋[#「おでん屋」に傍点]へ入つたり、鮨《すし》を奢《おご》られたりしたものだが、客の覘《ねら》つ
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