/\したことは言ひたくなかつた。
「阿母《おつか》さん済まないけれど、二十円ばかり借りられないか知ら。」
母は厭な顔をした。そして何かくど/\言訳しながら、漸《やつ》と半分だけ出してくれた。
何か冷いものが脊筋を流れて、晴代はむつとしたが突き返せもしなかつた。
木山は何うしたかと聞くので、晴代は耳に入れたくはなかつたが、隠さず話した。
「お前も呑気ぢやないかね。今は何時《いつ》だと思ふのだよ。」
晴代も気が気でなかつたので、急いで帰つて見たが、やつぱり帰つてゐなかつた。晴代は頭脳《あたま》が変になりさうだつた。そして蟇口《がまぐち》の残りを二十円足して家賃の内金をしてから、三停留所もの先きまで行つて自動電話へ入つて、木山の母の引手茶屋へかけて見た。
「あれからずつと来ませんよ。」
母は答へたが、その「あれから」も何時のことか解らなかつた。
「あの人にも困りますね。いくら何でももう元日の朝だといふのに、何処《どこ》をふらついてゐるんでせうね。」
晴代は知り合ひの待合へもかけて見たが、お神と話してゐるうちに、てつきり[#「てつきり」に傍点]さうだと思ふ家に気がついた。そこは晴代
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