てゐた。二千にしても三千にしても、荷主や親店への支払ひに持つて行かれるので、手につくのは知れたものだつた。千円も集まれば可い方だと思つてゐた。
晴代は年が越せるか何うかもわからないやうな不安と慌忙《あわたゞ》しさの中に、春を迎へる用意をしてゐた。父親や妹たちも来て手伝つてゐた。今年になつて初めて歳の市で買つて来た神棚や仏壇を掃除して、牛蒡締《ごばうじめ》を取りかへたり、花をあげたりした。
「私も二十六になるのかいな。」
年越し蕎麦《そば》を父と妹に饗応《ふるま》ひながら、晴代は上方言葉《かみがたことば》で自分を嗤《わら》つた。
父親は木工場からもらつたボオナスが少し多かつたので、お歳暮をきばつたのだつたが、若い時分から馬気違ひなので、競馬好きの木山とうま[#「うま」に傍点]が合つてゐた。父はこの秋の中山の競馬でふと木山に出逢《であ》つて、こゝで逢つたことは晴代には絶対秘密だと言つて、五十円くれたことがあつた。そんな話をしながら父は上機嫌だつたが、隣りの家主から二つ溜まつてゐる家賃の催促が来たところで、急に興ざめのした形で、妹を促《うなが》して帰つて行つた。
晴代の帯に挾んだ蟇口
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