晴代に恋愛の思ひ出があるとしたら、あれなぞは中でも最も混《まじ》り気《け》のないものかも知れなかつたが、長いあひだの商売で、散々に情操を踏みにじられて来ても、まだそんなものが彼女の胸にいくらか残つてゐるらしかつた。
 木山は晴代と一緒になつたから、ぐれ[#「ぐれ」に傍点]出したのだと、木山の従兄《いとこ》の、女給あがりの細君が、蔭口を吐いてゐることも、晴代の耳へ入らない訳には行かなかつたし、さうすると私の遣り方がまづいのか知らなぞと、時には思ひ返して見たりするのだつたが、それよりも母親に気に入られてゐたので、季節々々の着物や草履、半衿のやうなものを貰つたり、木山には内密《ないしよ》で小遣ひを渡されたりしてゐたので、晴代はその手前二人の襤褸《ぼろ》は見せたくないと思つてゐた。
 すると大晦日《おほみそか》の晩、木山はその日は朝から集金に出かけて行つたが、たとひ何《ど》んなことがあつても二千円の金は持つて来なければならない筈であつた。取引き上のことは、木山も一切話さなかつたし、晴代も聴かうとはしないのだつたが、この頃になつて、時には二人の間にそんな話も出るので、晴代もいくらか筋道が呑み込めてゐた。二千にしても三千にしても、荷主や親店への支払ひに持つて行かれるので、手につくのは知れたものだつた。千円も集まれば可い方だと思つてゐた。
 晴代は年が越せるか何うかもわからないやうな不安と慌忙《あわたゞ》しさの中に、春を迎へる用意をしてゐた。父親や妹たちも来て手伝つてゐた。今年になつて初めて歳の市で買つて来た神棚や仏壇を掃除して、牛蒡締《ごばうじめ》を取りかへたり、花をあげたりした。
「私も二十六になるのかいな。」
 年越し蕎麦《そば》を父と妹に饗応《ふるま》ひながら、晴代は上方言葉《かみがたことば》で自分を嗤《わら》つた。
 父親は木工場からもらつたボオナスが少し多かつたので、お歳暮をきばつたのだつたが、若い時分から馬気違ひなので、競馬好きの木山とうま[#「うま」に傍点]が合つてゐた。父はこの秋の中山の競馬でふと木山に出逢《であ》つて、こゝで逢つたことは晴代には絶対秘密だと言つて、五十円くれたことがあつた。そんな話をしながら父は上機嫌だつたが、隣りの家主から二つ溜まつてゐる家賃の催促が来たところで、急に興ざめのした形で、妹を促《うなが》して帰つて行つた。
 晴代の帯に挾んだ蟇口
前へ 次へ
全18ページ中8ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
徳田 秋声 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング