もうすっかり殺《そ》げてしまったもののように、途中で幾度となく引返しそうな様子を見せたが、お島も自分が全く嫌われていないまでも、鶴さんの気持が自分と二人ぎりの時よりも、おゆうの前に居る時の方が、[#底本では「、」が「。」、61−15]話しの調子がはずむようなので、古昵《ふるなじ》みのなかを見せつけにでも連れて来られたように思われて、腹立しかった。二人は初めほど睦《むつ》み合っては歩けなくなった。
「でも此処《ここ》まで来て寄らないといっちゃ、義理が悪いからね」
今度はお島が立寄るまいと言出したのを、鶴さんは何処か商人風の堅いところを見せて、すっかり気が変ったように言った。
「それ程にして戴かなくたって可《い》いんですよ。あの人達は、親だか子だか、私なぞ何とも思っていませんよ。生家《さと》は生家《さと》で、縁も由縁《ゆかり》もない家ですからね」お島はそう言いながら、従《つ》いて行った。
生家《さと》では母親がいるきりであった。母親はお島の前では、初めて来た婿にも、愛相《あいそ》らしい辞《ことば》をかけることもできぬ程、お互に神経が硬張《こわば》ったようであったが、鶴さんと二人きりにな
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