っていた。
 性急《せっかち》の鶴さんは、蒲団の上にじっとしてはおらず、縁側へ出てみたり、隠居の方へいったりしていたが、おゆうも落着きなくそわそわして、時々鶴さんの傍へいって、燥《はしゃ》いだ笑声をたてていたりした。広い庭の方には、薔薇《ばら》の大きな鉢が、温室の手前の方に幾十となく並んでいた。植木棚のうえには、紅や紫の花をつけている西洋草花が取出されてあった。四阿屋《あずまや》の方には、遊覧の人の姿などが、働いている若い者に交ってちらほら見えていた。
「どうしよう、これからお前の家へまわっていると遅くなるが……」鶴さんは時計を見ながらお島に言った。「何なら一人でいっちゃどうだ」
「不可《いけ》ませんよ、そんなことは……」おゆうはいれ替えて来たお茶を注《つ》ぎながら言った。
 それで鶴さんはまた一緒にそこを出ることになったが、お島は何だか張合がぬけていた。

     三十二

 日がそろそろかげり気味であったので、このうえ二三十町もある道を歩くことが、二人には何となし気懈《けだる》い仕事のように思えた。鶴さんは植源へ来るのが今日の目的で、お島の生家《さと》へ行ってみようと云う興味は、
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