ると、そんなでもなかった。お島は母親の口から、自分の悪口を言われるような気がして、ちょいちょい様子を見に来たが、鶴さんは植源にいた時とは全然《まるで》様子がかわって、自分が先代に取立てられるまでになって来た気苦労や、病身な妻を控えて商売に励んで来た長いあいだの身《み》の上談《うえばなし》などを、例の急々《せかせか》した調子で話していた。
「ここんとこで、一つ気をそろえて、みっちり稼がんことにゃ、この恢復《とりかえし》がつきません」
鶴さんは傍へ寄って来るお島に気もつかぬ様子であったが、お島には、それがすっかり母親の気に入って了ったらしく見えた。
「どうか店の方へも、時々お遊びにおいで下すって……」
鶴さんは語《ことば》のはずみで、そう言っていたが、お島は、何を言っているかと云うような気がして、終《しまい》に莫迦々々《ばかばか》しかった。それでけろりとした顔をして、外を見ていながら、時々帰りを促した。
「こう云う落着のない子ですから、お骨も折れましょうが、厳《やかま》しく仰《おっし》ゃって、どうか駆使《こきつか》ってやって下さい」母親はじろりとお島を見ながら言った。
鶴さんは感激し
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