ゃない。くれるくらいなら古着屋へ売っちまう」
 左《と》に右《かく》二人は初めて揃《そろ》って、外へ出てみた。鶴さんは先へ立って、近所隣をさっさと小半町も歩いてから振顧《ふりかえ》ったが、お島はクレーム色のパラソルに面《おもて》を隠して、長襦袢《ながじゅばん》の裾《すそ》をひらひらさせながら、足早に追ついて来た。外は漸くぽかぽかする風に、軽く砂がたって、いつの間にか芽ぐんで来た柳条《やなぎのえだ》が、たおやかに※[#「※」は「車へん+而+大」、第3水準1−92−46、59−5]《しな》っていた。お島は何となく胸を唆《そそ》られるようで、今までとは全然《まるで》ちがった明い世間へ出て来たような歓喜を感じていたが、良人の心持がまだ底の底から汲取れぬような不安と哀愁とが、時々心を曇らせた。今まで人に恵んだり、助力を与えたりしたことは、養父母の非難を買ったほどであったが、矜《ほこり》と満足はあっても、心から愛しようと思おうとしたような人は、一人《いちにん》もなかった。真実《ほんと》に愛せられることも曽《かつ》てなかった。愛しようと思う鶴さんの心の奥には、まだおかねの亡霊が潜み蟠《わだか》まって
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