物を着てなぞ行かれるものですか」
「それもそうだな」と、鶴さんは淋《さび》しそうな顔をして笑っていた。
「それにおかねさんの思いに取着《とっつ》かれでもしちゃ大変だ」お島はそう言いながら、自分の箪笥のなかを引《ひっ》くら返していた。
「でもどんな意気なものがあるんだか拝見しましょうか」
「何のかのと言っちゃ、四谷のお袋が大分持っていったからね」鶴さんは心からそのお袋を好かぬらしく言った。
「あの慾張婆《よくばりばばあ》め、これも廃《すた》れた柄《がら》だ、あれも老人《としより》じみてるといっちゃ、かねの生きてるうちから、ぽつぽつ運んでいたものさ」鶴さんはそう言いながら、さも惜しいことをしたように、舌打ばかりしていた。
 お島は錠をはずして、抽斗《ひきだし》を二つ三つぬいて、そっちこっち持あげて覗《のぞ》いていたが、お島の目には、まだそれがじみ[#「じみ」に傍点]すぎて、着てみたいと思うようなものは少かった。
「そんなに思いをかけてる人であるなら、みんなくれてお仕舞いなさいよ。その方がせいせいして、どんなに好いか知れやしない」お島は蓮葉《はすっぱ》に言って笑った。
「戯談《じょうだん》じ
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