職人と一緒に起臥《おきふし》して来たりした主人は、お島より十近《とおぢか》くも年上であったが、家附の娘であった病身がちのその妻と死別れたのは、つい去年の秋の頃だと云うのであった。
 鶴さんというその主人を、お島の姉もよく知っていた。神田の方のある棟梁《とうりょう》の家から来ている植源の嫁も、その主人のことを始終鶴さん鶴さんといって、噂《うわさ》していた。植源の嫁は、生家《さと》の近所にあったその鑵詰屋のことを、何でもよく知っていたが、色白で目鼻立のやさしい鶴さんをも、まだ婿に直らぬずっと前から知っていた。その頃鶴さんは、鳥打帽をかぶって、自転車で方々の洋食店のコック場や、普通の家の台所へ、自家製の鑵詰ものや、西洋食料品の註文《ちゅうもん》を持ちまわっていた。
 先《せん》の上《かみ》さんが、肺病で亡《なくな》ったことを、お島はいよいよ片着くという間際《まぎわ》まで、誰からも聞されずにいたが、姉の口からふとそれが洩れたときには、何だか厭《いや》なような気もした。
「先の上さんのような、しなしなした女は懲々《こりごり》だ。何でも丈夫で働く女がいいと言うのだそうだから、島ちゃんなら持って来い
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