も介意《かま》やしないなんて、そこは自分にも覚えがあるもんだから、お察しがいいと見えて、よくそう言いましたよ。どうして、あの御母さんは、若い時分はもっと悪いことをしたでしょうよ」お島は頑固な父親をおひゃらかすように、そうも言った。
そんな連中《れんじゅう》のなかにお島をおくことの危険なことが、今夜の事実と照合《てりあわ》せて、一層|明白《はっきり》して来るように思えた父親は、愈《いよいよ》お島を引取ることに、決心したのであったが、迎いが来たことが知れると、矢張心が動かずにはいなかった。
「作さんを嫌って、お島さんが逃げたって云うんで、近所じゃ大評判さ」とにかく今夜は帰ることにして、銀さんは、漸《ようよ》うお島を俥に載せると、梶棒《かじぼう》につかまりながら話しはじめた。
「だが今あすこを出ちゃ損だよ。あの身|代《だい》を人に取られちゃつまらないよ」
「作の馬鹿はどんな顔している」お島は車のうえから笑った。
家へ入っても、いつものように父親の前へ出て謝罪《あやま》ったり、お叩頭《じぎ》をしたりする気になれなかったお島は、自分の部屋へ入ると、急いで寝支度に取かかった。
「帰ったら帰った
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