てして来た父親に対する何よりの気持いい復讎《ふくしゅう》であるらしく見えた。
 お島も負けていなかった。母親が、角張った度強《どづよ》い顔に、青い筋を立てて、わなわな顫《ふる》えるまでに、毒々しい言葉を浴せかけて、幼いおりの自分に対する無慈悲を数えたてた。目からぽろぽろ涙が流れて、抑えきれない悲しみが、遣瀬《やるせ》なく涌《わき》立って来た。
「手前《てめえ》」とか、「くたばってしまえ」とか、「親不孝」とか、「鬼婆」とか、「子殺し」とか云うような有りたけの暴言が、激《げき》しきった二人の無思慮な口から、連《しきり》に迸《ほとばし》り出た。
 そんな争いの後に、お島は言葉巧な青柳につれられて、また悄々《すごすご》と家を出て行ったのであった。

     二十六

 その晩は月は何処の森《もり》の端《は》にも見えなかった。深く澄《すみ》わたった大気の底に、銀梨地《ぎんなしじ》のような星影がちらちらして、水藻《みずも》のような蒼《あお》い濛靄《もや》が、一面に地上から這《はい》のぼっていた。思いがけない足下《あしもと》に、濃い霧を立てて流れる水の音が、ちょろちょろと聞えたりした。お島はこの二
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