太郎の寝息を候《うかが》って、そこを飛出した頃には、お終《しまい》まで残ってつい今し方まで座敷で騒いで、ぐでぐでに疲れた若い人達も、もう寝静ってしまっていた。
お島は庭の井戸の水で、白粉《おしろい》のはげかかった顔を洗いなどしてから、裏の田圃道《たんぼみち》まで出て来たが、濛靄《もや》の深い木立際《こだちぎわ》の農家の土間から、釜《かま》の下を焚《た》きつける火の影が、ちょろちょろ見えたり、田圃へ出て行く人の寒そうな影が動いていたりした。じっとりした往来には、荷車の軋《きし》みが静かなあたりに響いていた。徹宵《よっぴて》眠られなかったお島は、熱病患者のように熱《ほて》った頬《ほお》を快い暁の風に吹《ふか》れながら、野良道を急いだ。酒くさい作の顔や、ごつごつした手足が、まだ頬や体に絡《まつ》わりついているようで、気味がわるかった。
王子の町近く来た時分には、もう日が高く昇っていた。そこにも此処《ここ》にも烟《けむり》が立って、目覚めた町の物音が、ごやごやと聞えていた。
「今時分はみんな起きて騒いでるだろうよ」お島はそう思いながら、町垠《まちはずれ》にある姉の家の裏口の方へ近寄っていっ
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