とに、西田の老人と王子の父親とが、そこへお島を引据えて、低声《こごえ》で脅《おど》したり賺《すか》したりした。
「あれほど己が言っておいたに、今ここでそんなことを言出すようじゃ、まるで打壊《ぶちこわ》しじゃないか」お爺さんは可悔《くやし》そうに言った。
「ですから行きますよ。少し気分が快《よ》くなったら急度《きっと》行きます」お島は涙を拭きながら、漸《やっ》と笑顔《わらいがお》を見せた。
「厭なものは厭でいいてこと。それはそれとして何処までも頑張《がんば》っていなければ損だよ。なに財産と婚礼するのだと思えば肚《はら》はたたねえ」お爺さんは、そう言いながら、漸《やっ》と安心して出て行った。
 しんとして白けていた座敷の方が、また色めき立って来た。ちょいちょい立ってはお島を覗《のぞ》きに来た人達も、やっと席に落着いて、銚子《ちょうし》を運ぶ女の姿が、一時《ひとしきり》忙《せわ》しく往来《ゆきき》していた。
「おい島ちゃん、そんなに拗《す》ねんでもいいじゃないか」作が部屋の前を通りかかったとき、薄暗《うすくらが》りのなかにお島の姿を見つけて、言寄って来た。お島は帯をときかけたままの姿で、押入
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