《やと》われて来たのであった。その中には着物の着こなしなどの、きりりとした東京ものも居た。
女達が膳椀《ぜんわん》などの取出された台所へ出て行く時分に、漸《やっ》と青柳の細君や髪結につれられて、お島は盃の席へ直された。
「まあ今日《こんにち》のベールだね」などと、青柳が心持わなないているお島の綿帽子を眺めながら気軽そうに言った。そんな物を着ることをお島が拒んだので、着せる着せないで談《はなし》がその日も縺《もつ》れていたが、到頭|被《かぶ》せられることになってしまった。
盃がすむと、お島は逃げるようにして、自分の部屋へ帰って来た。それまでお島は綿帽子をぬぐことを許されなかった。
着替をして、再び座敷の入口まで来たときには、人の顔がそこに一杯見えていたが、手をひかれて自分の席へ落着くまでは、今日の盃の相手が、作であったことには少しも気がつかなかった。折目の正しい羽織袴をつけて、彼はそこに窮屈そうに坐っていた。そして物に怯《おび》えたような目で、お島をじろりと見た。
お島は頭脳《あたま》が一時に赫《かっ》として来た。女達の姿の動いている明《あかる》いそこいらに、旋風《つむじ》がおこ
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