結に、黒の三枚|襲《がさ》ねを着せてもらった頃には、王子の父親も古めかしい羽織袴をつけ、扇子などを帯にはさんで、もうやって来ていた。余り人中へ出たことのない母親は、初めから来ないことになっていた。
川へ棄てようかとまで思余《おもいあま》したお島が、ここの家を相続することに成りさえすれば、婿が誰であろうと、そんな事には頓着《とんちゃく》のない父親は、お島の姿を見ても見ぬ振をして、茶の間で養父と、地所や家屋に関して世間話に耽《ふけ》っていた。日頃内輪同様にしている二三の人の顔もそこに見えた。不断養父等の居間にしている六畳の部屋に敷かれた座布団も、大概|塞《ふさ》がっていた。中には濁声《だみごえ》で高話《たかばなし》をしている男もあった。
外が暗くなる時分に、白粉《おしろい》をこてこて塗って繰込んで来た若い女連《おんなれん》と無駄口を利《き》いたりして、お島は時の来るのを待っていた。女連は大方は一度か二度以上口を利合《ききあ》った人達であったが、それが孰《いずれ》も、式のあとの披露《ひろう》の席に、酌や給仕をするために※[#「※」は「にんべん」に「就」、第3水準1−14−40、43−6]
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