なかった。おとらと三人でいる時でも、青柳はよくめきめき娘に成ってゆくお島の姿形《すがたかたち》を眺めて、おとらに油断ができないと思わせるような猥《みだら》な辞《ことば》を浴せかけた。
 作太郎はというと、彼も今日は一日一切の仕事を休ませられて、朝から床屋へいったり、湯に入ったりして冶《めか》していた。そしてお島の顔さえみるとにこにこして、座敷へ入って、ごたごた積重ねられてある諸方からの祝の奉書包や目録を物珍らしそうに眺めていた。
 頼んであった料理屋の板前が、車に今日の料理を積せて曳込《ひきこ》んで来た頃には、羽織袴《はおりはかま》の世話焼が、そっち行き此方《こっち》いきして、家中が急に色めき立って来た。その中には、始終気遣わしげな顔をして、ひそひそ話をしている西田の老人もあった。
「今夜|遁出《にげだ》すようじゃ、お島さんも一生まごつきだぞ。何でも可《い》いから、己《おれ》に委して我慢をして……いいかえ」
 箪笥に倚《よ》りかかって、ぼんやりしているお島の姿を見つけると、老人は側へよって来て力をこめて言聴かせた。

     二十一

 お島が、これも当夜の世話をしに昼から来ていた髪
前へ 次へ
全286ページ中56ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
徳田 秋声 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング