らなければ一生の損だということをお島にくどくど言聴《いいきか》した。
 お島はそれでその時はまた自分の家の閾《しきい》を跨《また》ぐ気になるのであったが、この老人や青柳などの口利《くちきき》で、婿が作以外の人に決めらるるまでは、動きやすい心が、動《と》もすると家を離れていこうとした。

     二十

 婚礼|沙汰《ざた》が初まってから、毎日のように来ては養父母と内密《ないしょ》で談《はなし》をしていた青柳は、その当日も手隙《てすき》を見てはやって来て、床の間に古風な島台を飾りつけたり、何処からか持って来た箱のなかから鶴亀《つるかめ》の二幅対を取出して、懸けて眺《なが》めたりしていた。
「今度と云う今度は島ちゃんも遁出《にげだ》す気遣《きづかい》はあるまい。己《おれ》の弟は男が好いからね」青柳はそう言いながら、この二三日得意先まわりもしないでいるお島の顔を眺めた。青柳は頭顱《あたま》の地がやや薄く透けてみえ、明《あかる》みで見ると、小鬢《こびん》に白髪《しらが》も幾筋かちかちかしていたが、顔はてらてらして、張のある美しい目をしていた。弟はそれほど立派ではなかったが、摺《す》った揉《も
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