方《しかた》がなかった。
十九
お島は或時は、それとなく自分に適当した職業を捜そうと思って、人にも聞いてみたり、自分にも市中を彷徨《ぶらつ》いてみたりしたが、自分の智識が許しそうな仕事で、一生懸命になり得るような職業はどこにも見当らなかった。坐って事務を取るようなところは、碌々《ろくろく》小学校すら卒業していない彼女の学力が不足であった。
お島は時とすると、口入屋の暖簾《のれん》をくぐろうかと考えて、その前を往ったり来たりしたが、そこに田舎の駈出《かけだ》しらしい女の無智な表情をした顔だの、みすぼらしい蝙蝠《こうもり》や包みやレーザの畳のついた下駄などが目につくと、もう厭になって、その仲間に成下《なりさが》ってまでゆこうと云う勇気は出なかった。
お島は日がくれても家へ帰ろうともしず、上野の山などに独《ひとり》でぼんやり時間を消すようなことが多かった。山の下の多くの飲食店や、商家《あきないや》には灯《ひ》が青黄色い柳の色と一つに流れて、そこを動いている電車や群衆の影が、夢のように動いていた。お島はそんな時、恩人の子息《むすこ》で、今アメリカの方へ行っているという男のこ
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