たが、養父が湯治に行ってからは、青柳がまたちょくちょく入込んでいた。それでなくとも、十年来住みなれて来ながら、一生ここで暮せようとは思えなくなった家に、めっきり親しみがなくなって来たお島は、よく懇意の得意先へあがっていって、半日も話込んでいた。主人《あるじ》に代って、店頭《みせさき》に坐ってお客にお世辞を振撒《ふりま》いたり、気の合った内儀《かみ》さんの背後《うしろ》へまわって髪を取《とり》あげてやったりした。
「私二三年東京で働いてみようかしら」お島は何か働き効《がい》のある仕事に働いてみたい望みが湧いていた。
「笑談《じょうだん》でしょう」内儀さんは笑っていた。
「いいえ真実《まったく》。私この頃つくづくあの家が厭になってしまったんです」
「でも貴方にぬけられちゃ、お家《うち》で困るでしょう」
「どうですかね。安心して私に委せておけないような人達ですからね。何を仕出来《しでか》すかと思って、可怕《おっかな》いでしょう」お島は可笑《おか》しそうに笑った。
目こする間《ま》に、さっさと髷《まげ》に取揚げられた内儀さんの頭髪《あたま》は、地《じ》が所々|引釣《ひきつ》るようで、痛くて為
前へ
次へ
全286ページ中51ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
徳田 秋声 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング