れに働かしておいて、島ちゃんが商売をやるようにすれば、鬼に鉄棒《かなぼう》というものじゃないか。お前は今にきっとそう思うようになりますよ」おとらはそうも言って聞せた。
お島は何だか変だと思ったが、欺《だま》したり何かしたら承知しないと、独《ひとり》で決心していた。
家へ帰ると、気をきかして何処《どこ》かへ用達《ようた》しにやったとみえて、作の姿は何処にも見えなかったが、紙漉場《かみすきば》の方にいた養父は、おとらの声を聞つけると、直に裏口から上って来た。お島はおとらに途々言われたように、「御父さんどうも済みません」と、虫を殺してそれだけ言ってお叩頭《じぎ》をしたきりであったが、おとらが、さも自分が後悔してでもいるかのような取做方《とりなしかた》をするのを聞くと、急に厭気がさして、かっと目が晦《くら》むようであった。お島はこの家が遽《にわか》に居心がわるくなって来たように思えた。取返しのつかぬ破滅《はめ》に陥《お》ちて来たようにも考えられた。
「あの時王子の御父《おとっ》さんは、家へ帰って来るとお島は隅田川《すみだがわ》へ流してしまったと云って御母《おっか》さんに話したと云うことは、
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