は曇《うる》んだ目色《めつき》をして、黙っていた。
「今日までの阿母さんの恩を考えたら、お前が作さんを嫌うの何のと、我儘を言えた義理じゃなかろうじゃねえか。ようく物を考えてみろよ」
「私は厭です」お島は顔の筋肉を戦《わなな》かせながら言った。
「他《ほか》の事なら、何でも為《し》て御恩返しをしますけれど、これだけは私厭です」
父親は黙って煙管を啣《くわ》えたまま俛《うつむ》いてしまったが、母親は憎さげにお島の顔を瞶《みつ》めていた。
「島、お前よく考えてごらんよ。衆《みな》さんの前でそんな御挨拶をして、それで済むと思っているのかい。義理としても、そうは言わせておかないよ。真実《ほんと》に惘《あき》れたもんだね」
「どうしてまたそう作太郎を嫌ったものだろうねえ」おとらは前屈《まえこご》みになって、華車《きゃしゃ》な銀煙管に煙草をつめながら一服|喫《ふか》すと、「だからね、それはそれとして、左《と》に右《かく》私と一緒に一度還っておくれ。そんなに厭なものを、私だって無理にとは言いませんよ。出入の人達の口も煩《うるさ》いから、今日はまあ帰りましょう。ねえ。話は後でもできるから」と宥《なだ》
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