決っていた。多くの取引先や出入《ではいり》の人達には、もうそれが単なる噂ではなくて、事実となって刻まれている。お島は作の顔を見るのも厭だと思った。あの禿《はげ》あがったような貧相らしい頸《えり》から、いつも耳までかかっている尨犬《むくいぬ》のような髪毛《かみのけ》や赤い目、鈍《のろ》くさい口の利方《ききかた》や、卑しげな奴隷根性などが、一緒に育って来た男であるだけに、一層醜くも蔑視《さげす》ましくも思えた。あんな男と一緒に一生暮せようとは、どうしても考えられなかった。実母がそれを生意気だといって罵《ののし》るのはまだしも、実父にまで、時々それを圧《おし》つけようとする口吻《こうふん》を洩されるのは、堪《た》えられないほど情なかった。
 大分たってから皆《みんな》の前へ呼ばれていった時、お島は漸《やっ》と目に入染《にじ》んでいる涙を拭《ふ》いた。
「私《わし》もこの四五日|忙《せわ》しいんで、聞いてみる隙《ひま》もなかったが、全体お前の了簡《りょうけん》はどういうんだな」
 お島が太《ふ》てたような顔をして、そこへ坐ったとき、父親が硬《かた》い手に煙管《きせる》を取あげながら訊ねた。お島
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