は聞いていたが、お島のことと云うと、誰に向ってもひり出すように言いたい実母も、ただ簡単な応答《うけごたえ》をしているだけであった。
 こんな出入に口無調法な父親は、さも困ったような顔をしていたが、旋《やが》て井戸の方へまわって手顔を洗うと、内へ入って来た。お島は母親のいないところで、ついこの一両日前にも、父親が事によったら、母親に秘密で自分に頒《わ》けてもいいと言った地面の坪数や価格などについて、父親に色々聞されたこともあった。その坪は一千|弱《たらず》で、安く見積っても木ぐるみ一万円が一円でも切れると云うことはなかろうと云うのであった。お島は心強いような気がしたが、母親の目の黒いうちは、滅多にその分前《わけまえ》に有附けそうにも思えなかった。
「家の地面は、全部でどのくらいあるの」お島は爾時《そのとき》も父親に訊いてみた。
「そうさな」と、父親は笑っていたが、それが大見《おおけん》一万近いものであることは、お島にも考えられた。中には野菜畠や田地も含まれていた。子供が多いのと、この二三年兄の浪費が多かったのとで、借金の方《かた》へ入っている場所も少くなかった。去年の秋から、家を離れて、
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